PLEX PROGRAM REPORTプレックスプログラムレポート

テーマ:「日常の『暗黙の了解』を発見する」

人類学実践者

水上 優 氏Yu Mizukami

PROFILE
国際基督教大学、京都大学大学院にて人類学を学び、修士課程ではエチオピアの鍛冶職人について文化人類学専攻として研究を行う。卒業後は日本オラクルにて企業向けITシステム営業、ビービットにてUXコンサルタントとして大手メーカー等のUX企画・支援に従事。2022年に人類学的コンサルティングファーム「合同会社メッシュワーク」を共同創業し、2026年4月より個人事業主として活動。企業や個人への問いかけ(コンサルティング・伴走支援)と、自らの身体を通じた問い(芸術活動)を行き来しながら、「ともに実践する人類学」を探究する人類学実践者。外側から観察・分析するだけではなく、現場に入り込み、ともに実践しながら問いを深めることを大切にしている。東京デザインプレックス研究所プレックスプログラム登壇。

第1部:講義「人類学をビジネス・デザインに応用する」

講義1

今回のプレックスプログラムでは、人類学実践者の水上優さんをお迎えしました。水上さんはまず、人類学の基本的な特徴として「参与観察」と「フィールドワーク」を挙げ、現場に身を置き、対象となる人々と生活を共にすることで初めて見えてくる知見の重要性について語りました。仮説から検証へと進む一般的なリサーチ手法とは異なり、人類学は「変化し続ける問い」とともに探索を続ける姿勢を特徴としています。エチオピアの鍛冶屋を調査した自身の経験を例に挙げながら、他者を深く理解することで、逆説的に自分自身の文化や前提が浮かび上がると語られました。

講義2

続いて、人類学がビジネスやデザインの現場で注目される背景について解説がありました。市場ニーズの多様化・複雑化により、「人間とは何か」を問い直す必要性が高まるなか、グローバル企業のみならず国内企業でも人類学者の雇用が進んでいるといいます。「企業としても、ただ利益を生めばよいという時代は終わり、企業自体が社会的・文化的な責任を背負う世の中になりました。そのため、既存のマーケティングなどの問題解決手法では限界があり、本質的な社会構造を理解する必要が出てきています。」

講義3

実践事例としては、2つのプロジェクトが紹介されました。雪と人々の暮らしの関係性をリサーチするプロジェクトでは、現地住民100人へのインタビューや歩行調査を通じて得られた知見が、地域インフラの設計に活かされた経緯が語られました。一方、コンクリートプラント施設における長時間労働の課題を扱ったリサーチでは、「職人的使命感」や「単身赴任などによる残業環境」といった複合的な要因が絡み合っていることをフィールドワークによって発見。経営者や人事部が現場の主観的な世界に気づくことの重要性を示し、変化のロードマップ提案へとつなげた事例が共有されました。

講義4

続いて、本日のキーワードである「暗黙の前提」についての話題に移りました。コミュニケーションは情報だけでなく「意図」を交換する行為であり、互いが言葉や身振りの背景にある前提を共有していなければ成立しないと水上さんは語ります。登山道では見知らぬ人に挨拶をするのに渋谷の街中ではしないことや、メッセージアプリで上司のメッセージにスタンプだけを返したところ不快感を与えてしまったことなど、日常の「イラッとしたこと」や「違和感」こそ、自分と他者の暗黙の了解の差異が表れている瞬間だと話しました。

講義5

「自分は相手に何を期待していたのか」「相手は別のルールで動いているのではないか」と問いを立てることが、デザインやビジネス分析の出発点になると水上さんは述べます。UXリサーチや行動経済学が「合理的な人間」や「ユーザーである瞬間」を前提に置くのに対し、人類学は人間の非合理な行動や、暮らし・経済・政治システムといったより広い文脈を視野に入れます。そのため、自分と相手の「当たり前」の違いに気づくことが、本質的な介入や問いの出発点になるとまとめられました。

第2部:ワークショップ「日常の違和感を問いに変える」

ワークショップ1

ワークショップでは、事前課題として学生が記録した「日常の違和感」シートをペアで読み合い、暗黙の前提の差異を分析し、そこから問いを立てるという形式で進められました。ある学生は、同僚に「窓の寸法を測って」と頼まれ、ガラスとサッシの寸法を測ったところ、実際には同僚はカーテンレールの長さを知りたかったという事例を発表しました。これに対し水上さんは、「何をするために測るのか」「相手にとって窓とは何を指しているのか」という構造的な問いへ落とし込むことの重要性を指摘しました。

ワークショップ2

続いて、職場でのすれ違いや言葉の解釈のズレについても多様な事例が共有されました。家族から買い物を頼まれて「善処します」と返答したところ、「やりたくない」という意味だと受け取られてしまった事例などが紹介されました。 水上さんは、「どのような行動原理があるのか」という問いを丁寧に立てることで、表面的な行き違いの奥にある構造が見えてくるとアドバイス。また、「その人がその人だからこそ見えることもあり、それこそが人類学の面白さ」とも語られました。

総評

最後に、水上さんから次のようなメッセージが送られました。 「違和感を改善すべきものと捉えた瞬間に、見えなくなってしまうことがあります。違和感が大したことのないものとして扱われてしまうのは良くありません。イラッとした自分は相手に何を期待していたのか、相手は別のルールで動いているのではないかと問いにしてみると、社会構造や相手の背景が見えてきます。このような問いを立てる視点が、商品開発やデザイン、ビジネスにおける分析のスタートになります。」水上さん、貴重なお話をありがとうございました。