デザインに重要なのは、自分の体験を混ぜ込むこと。
子供の頃から絵を描くことが好きで、宮崎駿さんに憧れてアニメをつくる人になりたいと思っていました。育ったのは横浜の埋立地に造られた実験都市で、人工的でありながら自然も感じられる場所。団地や風景をよく描いていましたね。高校生になると得意な「数学」と「絵」を掛け合わせたような「建築」という仕事があると知りました。高校時の通学路界隈にはレンガ造りの建物や、みなとみらいの開発が混在していて、歴史と未来が入り混じった環境が、ますます建築への関心を育んでいたのかもしれません。大学では建築を専攻。建築への愛や思い入れがありながらも、「優等生からは程多い学生」として過ごしていました。就職活動はせず卒業後は建築とは無関係なアルバイトをしながら悶々としていましたね。転機は大学時代に所属していた美術サークルのOB飲み会です。そこで知り合った先輩が隈研吾さんの事務所の番頭の方で、声をかけていただいたことで、建築設計の世界に入ることになりました。
事務所では完成まで5年以上かかる大規模プロジェクトに携わり、貴重な経験を積みましたが、スケールが大きすぎて自分では捉えきれない感覚もありました。そんな中、打ち合わせで出会い訪れた南青山のIDÉEショップに魅了されます。迷路のような店内と、ライフスタイルをつくるというコンセプトに心を動かされ、隈さんに創業者の黒崎輝男さんを紹介していただきIDÉEで設計の仕事をすることになったのです。そこでは自分の身体に近いスケールで空間を設計する喜びを知りました。家具のことだけを考えている人、食の専門家、編集者、音楽家、植物の達人…それぞれが何か一点において際立っている人たちと一緒に場をつくる経験は、密度が濃く、働いていた5年間は数倍にも感じられるほどでした。そこで今につながる土台がつくられたように思います。
デザインにおいては、土地の文化や時代性を読み解くことを大切にしています。ただ、それだけでは情報を集めた人全員が同じ結論に行き着いてしまう。重要なのは、そこに自分自身の要素を混ぜ込むことです。ジンの蒸留職人が地元の素材に独自の何かを加えるように、デザイナーも自分の原体験や感覚を必ず持ち込む。その「混ぜ方」こそが個々のストーリーになると思っています。幼少期の記憶、若い頃の旅の体験、新しいプロジェクトで訪れた場所での気づき、それらを掛け合わせることで、その土地だけに閉じない、より多くの人に受け入れられる空間が生まれると信じています。
振り返ると、子供の頃に憧れた宮崎駿さんの仕事と、今の自分の仕事はちょっと似ているなとも思うんです。空間の絵を描いて、チームで取り組んで、人に体験してもらうものをつくる。若い頃は目標が明確でなく、自分で決断するより流れに身を任せ、人に声をかけてもらうことで道が開けていきました。それでも、その瞬間瞬間は確かに生き生きしていた。先がぼんやりしていても、流れに乗ってみることで思いがけない場所に辿り着けるものだと、今は思っています。



