PLEX PROGRAM REPORTプレックスプログラムレポート

テーマ:「医療の再定義 Street Medical」

横浜市立大学 先端医科学研究センター 教授

武部貴則 氏Takanori Takebe

PROFILE
横浜市立大学先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター長、特別教授。東京医科歯科大学統合研究機構 先端医歯工学創生研究部門教授。シンシナティ小児病院 消化器部門・発生生物学部門准教授、オルガノイドセンター副センター長。1986年生まれ。横浜市立大学医学部卒業。2013年にiPS 細胞から血管構造を持つヒト肝臓原基(ミニ肝臓)をつくり出すことに世界で初めて成功。デザインやクリエイティブな手法を取り入れ、医療のアップデートを促す「Street Medical」という考え方の普及にも力を入れている。2019年、東京デザインプレックス研究所と共同で次世代の教育プログラム「Street Medical School」設立。電通×博報堂ミライデザインラボ研究員。WIRED Audi INNOVATION AWARD、文部科学大臣表彰若手科学者賞、第1回日本医療研究開発大賞日本医療研究開発機構理事長賞など受賞多数。著書に『治療では 遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」の再定義』がある。東京デザインプレックス研究所プレックスプログラム登壇。

第1部:講義「医療の再定義 Street Medical」

講義1

本日のプレックスプログラムの講師は、横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター長、特別教授の武部貴則さんです。武部さんは横浜市立大学以外にも、東京医科歯科大学やシンシナティ小児病院など、国内外に拠点をもつ医学研究者として活躍されています。またその一方で、街や暮らしに溶け込む新しい医療『Street Medical』を社会実装するプロジェクトも数多く行なっており、2019年からは東京デザインプレックス研究所と共同で『Street Medical School』も運営しています。本日は、Street Medicalとはどんな発想なのか、詳しくお話ししていただきます。

講義2

約2500年続く医学・医療の歴史の中で、ここ50年ほどで劇的な変化が起きているそうです。1つは、医療技術の発達により、年齢の変化に伴って起きる肥満や老化をベースとした疾患が急増したこと。もう1つは、超デジタル社会の到来です。例えば、自殺希望者がSNSを使用して、いつでも同じ気持ちの人と繋がることができるようになりました。残念ながら、今の医学部ではそのような対処法を学ぶことができません。劇的に変化している社会に医学がついていくためには、病気だけではなく、人々の日常生活も視点の対象にする必要があるのです。Street Medicalでは研究と臨床の外の領域とコラボレーションしながら、暮らしに溶け込む医療を目指します。

講義3

武部さんは、多様なプロジェクトで得た経験を生かし、Steet Medicalの手法を理論的に体系化する試みも行っています。人が感じる幸せは、健康に大きく関係するという世界的な知見があります。さらにその幸せの因子を分解し、ポジティブな感情や関係性、没頭感などをターゲットとすることで、人々の健康への行動を計画的にデザインすることが可能になります。武部さんはこの健康へつながる感性的なメリットのことをイネーブリング・ファクターと呼んでいます。例えば、肝機能測定をコーヒーを飲むことと唾液採取の組み合わせで代替するアイデアがあります。点滴やCTもなしで日常の体験に近くなることで、検査もハッピーになるのではと武部さんは考えます。

講義4

さらにStreet Medicalの価値を事業化する指針についてもお話しいただきました。新しい事業を作るためにはInventionとInnovationの2つの段階を踏むそうです。発想のフェーズは跳ぶように、革新のフェーズは這うように行うべきだと言われており、それぞれ違うスキルセットが必要になります。特にStreet MedicalではInventionに近いケースが多く、People-Centric(人中心)の価値を大事に進めているそうです。「不確かな領域なので、やるとなると人を信頼しなければいけません。信頼できる材料がそろったら、人を信じてやり抜いてみることが新しい発想を作っていくと伝えたいです。」

第2部:ワークショップ「怒らない病院を考えてみよう」

ワークショップ1

講義の後半はワークショップを行います。テーマは病院内の怒りやストレスを緩和するアイデアです。実はこの課題は、武部さんの研究室にもよく寄せられる相談事で、待ち時間や医療従事者との会話で患者さんがストレスを感じ、暴力や暴言が発生するという問題があるそうです。Street Medical Schoolの前身であるこころまちプロジェクトでは、東京デザインプレックス研究所の学生が中心となって、長い待ち時間を緩和するアイデアを横浜市立病院で実装しました。待合の椅子の背に配置された癒しの写真や間違い探し、待合室に置かれた大きなメッセージパネルは、患者さんからも病院側からも好評だったそうです。今回はどんなアイデアが生まれるのでしょうか。

ワークショップ2

あるグループは、病院に行って帰るまでの中で、怒りが生まれやすいのは待ち時間であると考え、待っていて楽しい空間のアイデアを発表しました。同じ方向を向いている待合のソファをカフェのような座席配置に変えたり、受付を院内の中央に置き、360度見渡せる位置にすることで患者さんを怒りにくくするなどの仕掛けです。武部さんは「怒りと空間の研究で述べられている対策は、環境を変えること、テリトリー(自分の空間の余地)を調整すること、自然な監視の状態を作ることなどがあります。どのアイデアもその要素が入っていて、合理的なアプローチでいいなと思いました」とコメント。

ワークショップ3

あるグループが目をつけたのは疾患を診断したい医師と、病気への不安で来院している患者のコミュニケーションの相違です。患者の気持ちを医師に伝えるために、自分の気持ちの状態を書く2枚目の問診表を提案しました。「読み込む必要がある書類だと、医師が読んでくれません。どのくらいシンプルに表明するかが重要です」と武部さんからアドバイス。そこでマーケティングで使われているHappy or Notボタンの事例を紹介していただきました。ある空間にいるときの自分の感情を、5つの顔アイコンのボタンから選んで評価するためのツールです。気持ちの問診票をどうシンプルに落とし込むか、デザインの勝負のアイデアだと言えます。

総評

最後に総評をいただきます。「医学・医療の業界はすごく閉ざされている世界なので、いざ人間を観るというフェーズになるとスキルセットがありません。皆さんのようにある程度の技術を持っていて、医療に興味を持っている方が、近い将来主役になる未来が来るのではないかと思います。ワークショップで扱ったように、病院にいい体験を持つ方が少ない分、やりがいがあり可能性を感じていただけるはずです。少しでも興味をもっていただければいろんな機会が転がってくるでしょうから、何らかの形で活躍できるチャンスをつかんでいただけたらと思います。」武部さん、本日はありがとうございました。