PLEX PROGRAM REPORTプレックスプログラムレポート

テーマ:「“日常”をしるために、問いをたてつづける」

文化人類学者/合同会社メッシュワーク共同創業者

水上 優 氏Yu Mizukami

PROFILE
合同会社メッシュワーク共同創業者。国際基督教大学(ICU)、京都大学大学院にて文化人類学を修める。米国系IT企業にて勤務後、UXコンサルティング企業にてコンサルタント・特別研究員として勤務。大手メーカー等のUX企画、リサーチに携わる。現在は企業への人類学的アプローチに関する研修、フィールドワークを伴うリサーチを担当。人類学的視点を企業やあらゆる組織でのリサーチやプロジェクトに取り入れるため、実践・研究を行っている。『Water, Wood, and Wild Things』(Hannah Kirshner著)のリサーチ協力・資料翻訳を担当。

第1部:講義「“日常”をしるために、問いをたてつづける」

講義1

本日のプレックスプログラムは、文化人類学者/合同会社メッシュワーク共同創業者の水上優さんをお迎えします。水上さんは京都大学大学院を修了後、専攻していた人類学の手法やプロセスをビジネスに取り入れる活動や研究をされています。昨年には合同会社メッシュワークを設立し、新たなものの見方の獲得をサポートする活動や、新規事業開発の初期段階でのリサーチ、人類学的アプローチに関する研修など多方面において活躍されています。今回の講義では、日常的にものを見ることからどのように問いを立てているのか、そしてその問いをデザインに結びつける方法についてご教示いただきます。

講義2

まずは人類学についてお話をしていただきます。「人類学の研究の大きな特徴は、フィールドワークや参与観察(その集団に加わり生活を共にし観察すること)です。どの手法も時間がかかりますが、その方法でしか得られない情報や理解の仕方があります。自身が対象からどのような影響を受けたのか、何故影響を受けたのかを分析していくのが人類学的なやり方であり、人類学的な視点です。」テーマや仮説に縛られない広い範囲の物事に触れ、対象と共に時間を過ごすことで生活の全体を理解することができるのだとか。人間に向き合ってきた長い歴史を持つ人類学に、これからのデザインのヒントがあるのではないかと水上さんは言います。

講義3

目的に向かって最短・最速を目指す方法やゴールからの逆算思考を『ネットワーク』というのに対して、『メッシュワーク』は状況や環境に即応しながら蛇行的に着実に歩みを進めることを指します。この二つを対比させる考え方は、人類学者のティム・インゴルドによるものです。高速道路を車で移動するのではなく、徒歩でそぞろ歩きする際、私たちは歩きながら様々なものごとに出会います。この目的地に辿り着くまでに経験するプロセスが、現代の不確実な世の中を生きていく為には必要なのだと人類学者たちは考えているそうです。

講義4

水上さんのフィールドワークの事例についてもお話をしていただきました。大学院の修士論文の一環で、エチオピア西南部の“鍛治職人”について通算半年のフィールドワークを行ったそうです。日本で立てた計画とは異なる状況と現地で出会い、自分のフレームを他者によって解体される経験をしたといいます。それ以降は目の前で起こること全てをノートに書き留め、帰国後はそれを整理し、またフィールドワークに行く、ということを繰り返していたそうです。「問い続けると特定の“ものの見方”を持っていることに気づき、自分が持っていた問いが変わっていきます。新しいことを知るためにはフィールドワークをしながら問いを立て続け、変化させていく必要があります。」

第2部:ワークショップ「フィールドワークで問いをたて続ける」

ワークショップ1

“渋谷の気になる場所で観察する”というフィールドワークを授業前に実施した学生たち。そこで作成したフィールドノートをグループ内の他の人に読んでもらい質疑応答を行います。あるグループは、観察内容に関してではなく、ノートの記述の雰囲気が個々で全然違うことに疑問を持ちました。多くの人は目的や仮説で観察する範囲を絞っていた一方で、場所を広い視野で見ている人もいたのです。「仮説や問いを持ってフィールドワークを行った方がしっかりと観察できるという点もありますが、仮説を持って観察してしまうとその場所の雰囲気などが削ぎ落とされてしまうという懸念もあります。自制的に問いに向き合うことが大事になってきます。」と水上さん。

ワークショップ2

続いて、もう一度渋谷の街に出るとしたらどのような問いを立てるかについて、グループで話し合います。外国人観光客について考えたグループは、“渋谷の街でマリオのコスプレをして車を走らせる観光アクティビティ”について問いを立てました。さらに、その体験に何を求めているのかを知りたいと思ったことから、実際に外国人観光客とアクティビティを体験するというフィールドワークを提案。水上さんからは「実際に一緒に乗ってみるのも良いですし、どうやってこのイベントを知ったのか、どこから予約しているのかを調べられると、よりその背景が見えてくると思います」とコメントをいただきました。

ワークショップ3

ワークショップの最後に今後フィールドワークする際の注意点をご教示いただきました。「カテゴリーを持って事象を観察するというのは、事象の持っている要素を分かりやすくする利点もあります。一方で自分の持っている偏見を助長してしまう危険性もあるので、注意しながら言葉を使い、観察していく必要があります。」できるだけ細かく自分の感情もメモすることで、自分の視点を認識することもできるのだとか。また、初めて読んだ人に伝わるかをチェックすることも、フィールドワークの内容を第三者に伝えるには大事な要素の一つなのだと水上さんは言います。

総評

総評として水上さんから以下のメッセージをいただきました。「今回のフィールドワークのように、“記述・認識・問いを立てる”という一連の流れをやることで、日常的なプロセスを言語化できるようになります。言語化して考え続けていくことで、問いも変化していきます。世界を新しく捉え続けることがデザインには必要になってくるでしょうし、今までと同じようなやり方では似たようなアウトプットしか出てきません。新しいことを追求したいと思ったらまずフィールドワークをしてみてください。」水上さん、本日はありがとうございました。